志村けんの死から学ぶ。

 

この先の世界はどうなってしまうんでしょうか。そんな不安に押しつぶされそうな日々が続いています。いつこの事態が消息するのか神のみぞ知るって感じです。

 

現在自分はカナダにいます。ルームメイト五人との共同生活です。概して健康ですし、もちろん暇だけどね。町は死んでいます。人もいないし店も開いてないし。家にいるしかない。

 

先日日本大使館からメールが来ました。日本に帰れというお達しです。とはいってもここ一か月は飛行機が飛びません。太平洋を泳いで横断する他ないのです。家にいる他ないのです。

 

そんな中で思うことは、自分がやれることをやろうと。こんな緊急事態なのに目立とうとしてアブノーマルな行動をとる必要はないわけです。友達と居酒屋で盃を交わす動画をSNSにアップするような輩をかまっている暇はありません。自分と自分の大切な人の命を一時の享楽と天秤にかけて考えれば、なにが必要なのかなんてことは誰にだってわかるわけです。家にいましょう。

 

とはいってもどこか他人事に思いませんか。なんか偉そうにこんなこと書いてるけど自分もあまり実感として恐怖をあまり感じられていないんですよね。だって実際に感染した人に会ったこと無いし、ましてや友達が感染しているわけでもないんですから。どこまでいっても自分て奴は能天気だなと思う訳です。

 

そんななかで先週のニュースです。志村けんさんが亡くなりましたね。コロナです。センセーショナルというか衝撃でしたよね。誰もが知る著名人が、誰も本気で気にかけちゃいなかった病気で死んでしまったわけですから。皮肉なものです。もちろん志村けんさんは若くありませんし、喫煙もしていたということは一つのファクターになっていることは間違いありません。それでもね、あれだけの重鎮なわけですから、日本が世界に誇る医療を思う存分に駆使して治療をしたに違いありません。それでも助からなかったのです。

 

みなさんは何を考えますか。もちろん誰かの死は悲しい。行動を改めようって思った人もいたでしょう。でも不思議だったのが怒りを持って批判していた人もいたじゃないですか。「中国を許すな」みたいな。正直それに関しては意味が分からない。いますべきことはそんなことじゃない。中国人やアジア人に対する誹謗中傷が日に日に増えています。なんとも胸糞が悪い。初動のミスはあったでしょう。もしかしたら公表していたデータも違っていたかもしれない。それでも彼らは加害者じゃない。間違いなく被害者なわけです。なんかそこを変に捉えている社会の風潮が気持ち悪い。

 

今やらなきゃいけないことは自分と他人の命を守ることにほかなりません。志村けんさんの死から学ぶことは社会を批判することなんかじゃない。ましてや人種差別主義者になり下がることなんてだれも望まないんです。自分の命は自分で守らなきゃならない。医療は万能じゃないんです。予防をすることしか今の私たちには選択肢がないんです。どうか家にいましょ。なるべく人との接触は避けましょう。それが自分たちにできる防衛策です。

 

コロナに感染すると普通に死にます。そういう病気です。感染したら家族には会えません。死体から感染しないというデータがないために最後を看取ることもできません。そんな人生の終わり、いやじゃないですか。だからもう一度言います。家にいましょう。今回は以上です。みなさんがこれからも健康でこの事態が終息したらまたみんなで盃を交わしましょう。

 

それではまた。